AID Blog
備忘録
福島原子力発電所建屋の外壁のグラフィックデザイン。
推測するに、水との調和、空との調和、自然との調和、などをイメージしたデザインだったのではないでしょうか。
しかし、建屋の爆発によって、屋台骨さえ脆くも崩れ、グラフィックデザインの施された外壁は無惨な姿になっていました。
その映像を観た時、無意識に「あれが今のデザインの象徴だったのではないか」と思ってしまいました。
それは、結局デザインは何かを良く見せようとするためだけ、より酷い言い方をすれば、デザインが誰かを騙すためのものだったのではないだろうか、という思いでした。
これがデザイン全体の本質だったとしたら、何のための社会の中の仕事なのだろうか、深く考え込んでしまいました。
決して、そんなことはないはずですが、そう思わざるを得ないような映像でした。
飛び散ってしまったデザインの本質の断片を拾い集めて再構築すべく時のようにも思えます。
Aman
2011年4月1日金曜日